Speaker
吉岡更紗(よしおかさらさ)
染色家
1977年、京都市生まれ。大学を卒業後ファッションブランドの販売員として働いた後、西予市野村シルク博物館で染織技術を学ぶ。2008年、生家で、江戸時代から200年以上続く「染司よしおか」に戻り、5代目の父、吉岡幸雄のもと染色の仕事に就く。2019年、父の急逝に伴い6代目に。東大寺二月堂の修二会、薬師寺の花会式、石清水八幡宮の石清水祭などの伝統行事に関わるほか、国宝の復元なども手掛ける。著書に『染司よしおかに学ぶ はじめての植物染め』がある。
Yoshioka Sarasa
『色彩論』は、ドイツの文学者にして自然哲学者でもあったゲーテが20年の歳月をかけて執筆した大著。教示篇、論争篇、歴史篇の三部から構成され、教示篇では色彩に関する自身の基礎理論を展開し、論争篇ではニュートンの色彩論を批判し、歴史篇では古代ギリシアから18世紀後半までの色彩論の歴史を辿っている。
現在、ゲーテによるニュートン批判は、物理学的には正しくなかったとされているが、人間の感覚に即してみると、簡単には無視することのできない大きな意義を秘めている。音や香りなどと同様に、色は個人によって感じ方が異なることもあって、言葉や客観的な数値だけでは単純に表現しきれないものであることを前提に、ゲーテは、比喩としての色や、その象徴的作用、神秘的作用についてまで考察、さらには色彩が人間の精神に与える影響にも言及している。
染色という仕事に日々携わっている吉岡氏にとっても、色は身近な存在でありながら、なかなか言葉ではあらわすことのできない難しい対象であることを実感しており、ゲーテによる色彩への果敢な挑戦には、強く惹かれるところが多かったようである。ことに世界各地で高貴な色とされ、染色も難しい紫についてのゲーテの記述は、とりわけ印象的だったと言う。
吉岡氏には日本と西洋の色の捉え方の差異にについて、また、弥生時代の遺跡から出土した「紫」、平安の「かさね色」、江戸期の幕府による奢侈禁止令のもとで育まれた「四十八茶百鼠」や「裏勝り」のような色扱い方など、日本における色と染色をめぐる文化の特質についても語っていただいた。さらに日本の鮮やかな色彩を支えてきた、染色の素材としての様々な植物についてもご紹介いただいた。